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コスタリカの産地情報

コスタリカコーヒーの産地情報
コスタリカ国旗 



・基本データ
国名 :コスタリカ共和国
面積 :51,100平方キロメートル(九州と四国を合わせた面積)
人口 :約487万人(2013年)
民族 :スペイン系及び先住民との混血95%、アフリカ系3%、先住民他2%
首都 :サンホセ(標高1,200メートル)
言語 :スペイン語
宗教 :カトリック教(国教、但し信教の自由あり)
GDP :496.2億ドル(2013年)
主要産業 :農業(コーヒー、バナナ、パイナップル等)、製造業(集積回路、医療品)、観光業
通貨 :コロン
独立した年 :1821年スペインより独立

 かつてはスペインのグアテマラ総督領の一部であったコスタリカですが、1821年グアテマラが独立するのを機に中米連邦として共に独立をします。後のメキシコ帝国による合併を経て、正式な独立を果たしたのは1848年のことです。

 コスタリカは中央アメリカ南部に位置し、世界でも珍しく常備軍をもたない永世中立国です。国名のコスタリカとは、スペイン語で「豊かな海岸」(豊か=Rica、海岸=Costa)の意味で、先住民が金細工の装飾品を身につけていたことからこの名前がつけられました。ちなみに、漢字による表記は「哥斯達利加」となります。
 
 植民地時代には世界でも最も貧しい国の一つでしたが、独立後はラテンアメリカの中でも最も早い時期に民主化が実現した国で、第二次世界大戦後から長く政治的な安定が続き、コーヒーやバナナの輸出を軸に経済成長を続けました。1960年代以降は工業化が進み、1996年には米国インテル社が進出したことでハイテク関連分野が主要な輸出品目となっているます。

 一方で、コスタリカは植民地時代には国土の95%が森林に覆われていましたが、独立後はコーヒー農園や牛の放牧用の土地を開拓するために森林を伐採し、国土の40%以下にまで激減してしまいました。その反省から1970年代以降は自然保護に力を入れ、残された自然環境を活かし、自然保護とレジャーが結びついたた新しい観光スタイルが提案され、「エコツーリズム」が誕生しました。GDPは、2013年では約496億ドルとなっており、日本の愛媛県とほぼ同じ経済規模にあたります。

・国土
 コスタリカは南米と北米大陸をを結ぶ地峡地帯に位置しており、最も広いところでも226kmほどの細長い国です。国境は北にニカラグア、南東にパナマと接しており、西は太平洋、東はカリブ海と両岸を海にに挟まれています。

 国土のおよそ半分は海抜500m以上の高地となっており、国の中央をいくつもの山脈が連なっています(国内最高峰はチリポ山3,901m)。 また、現在も活動を続ける火山も多く、巨大クレーターを持つポアス火山や、イラス火山、アレナル火山などが観光の名勝として知られています。 国の中央部は平均標高1,000~1,500mの盆地となっており、そこには首都サンホセをはじめ、アラフエラ、カルタゴ、エレディアなどの主要都市が集中しています。この中央盆地こには人口の約60%以上の人々が暮らし、経済や文化面での中心地となっています。

 また、国土の1/4が国立公園や自然保護区に指定されており、その自然豊かな国土には、地球上のすべての動物種の約5%が生息しているとも言われ、「中米の楽園」と称されています。

・気候
 コスタリカは両岸を海に挟まれ、変化に富んだ地形であるため、気候は標高や地域によって大きく異なります。カリブ海沿岸や太平洋沿岸の低地では平均気温が30℃を超す熱帯性の気候ですが、首都サンホセ(標高1,150m)のある中央盆地は、年間平均気温が22.5℃と過ごしやすい気候となっています。

 季節は大きく分けて、乾期(12月~4月)と雨期(5月~11月)に分かれています。しかし、地域により雨量は大きく異なり、サンホセ(標高1,150m)などの標高の高いところでは、雨季であっても午後にスコールが降る程度なのに対し、カリブ海沿岸では1年中雨が降ります。

・コスタリカコーヒーの歴史
 コスタリカのコーヒーは中米でも最も早く1729年にキューバから持ち込まれたとされています。本格的なコーヒー栽培は19世紀初めごろに首都サンホセを中心に始まり、ヨーロッパでのコーヒーブームにあわせて徐々に各地へ広まっていきます。

 1821年スペインからの独立後は、コーヒーを国の重要産業に位置付け、生産を拡大させるためにコーヒーの税金を免除し、住民に無償でコーヒーの種と土地を与えました。この結果コスタリカでは現在でも小規模な自作農家によるコーヒー栽培が中心となっています。

 主な輸出先はイギリスでしたが、当時のヨーロッパ市場では高品質のコーヒーが求められており、そのニーズに応えるため、ベネフィシオと呼ばれる大規模な水洗式精製工場が設置し、高品質のコーヒーを効率よく生産する体制を整えました。これによって輸出量も急速に伸び、1840年に800トンだった輸出量が、1848年には1万トンを超えたといわれています。特に1870年から82年まで続いたトマス・グアルディア将軍の統治下ではコーヒー産業は急速な成長を遂げ、バナナ栽培とともに国の重要な輸出品の一つとなりました。また、それらはコスタリカ経済を支え、鉄道、大学、劇場の建設など社会インフラが整備されていったのです。

 しかし、コーヒーとバナナの輸出に依存した経済は、天候や需要に左右されるため長くは安定せず、1929年に起きた世界恐慌ではコスタリカ経済も深刻なダメージを受けました。

 1933年にコスタリカコーヒー協会(ICAFE)が設立され、生産から輸出までを管理・指導、品質の保持・向上と安定供給に取り組み、1935年には農業労働者の最低賃金が定めるなど、コーヒー産業の保護に力を入れました。また、品質の高いコーヒー生産を推し進めるため、1988年に法律によりアラビカ種以外のコーヒーの生産が禁止されました。

・コーヒー栽培
 コスタリカのコーヒーは花のような甘い香りと、柑橘系の酸味が特徴で、生産地域や標高の違いによっても風味が異なります。主な生産地域にはタラス、トレスリオス、セントラルバレー、オロシ、ウェストバレー、ブルンカ、トゥリアルバの7つがあり、生産されているコーヒーの約80%が標高1,000m~1,700m、気温17℃から23℃で、最適な降水量と火山性の土壌で栽培されています。

 現在では法律によってロブスタ種の栽培が禁止されており、栽培されているコーヒーの100%が風味豊かなアラビカ種※1となっています。また、このような高品質のコーヒー生産を維持する施策だけでなく、環境保護対策も進んでおり、コーヒーを精製する過程で出る汚水や廃棄物などに浄化や再利用を義務付ける厳しい制限が設けられていたり、中小規模農家の社会保障も充実しています。
※1.アラビカ種・・・コスタリカで栽培されているアラビカ種の内訳はカトゥアイ種95%、カトゥーラ種5%。

 コスタリカのコーヒー農家の数はおよそ8万件ほどあり、これらのほとんどは5ヘクタール未満の小規模な農園を営んでいます。一農園あたりのコーヒーの収獲量が少ないこともあり、従来は、収穫されたコーヒーチェリーは安い価格で業者に買い取られ、各農園から集められたコーヒーチェリーは大規模処理工場に運ばれ、まとめて水洗式※2で精製されていましたが、標高差や農園ごとの風味の違いを打ち出すことができず、利益を上げることは難しい状態にありました。
※2.水洗式・・・収穫した果実の外皮と果肉を除き、種の周りに付着した粘液質を発酵後に水で洗い流したのち乾燥させて生豆を取りだす方法。この方法は大掛かりな設備を必要とし、種子を洗うために大量な水を必要とする。また近年では排水が環境に悪影響を与える懸念も高まっている。詳しくはこちら⇒コーヒー豆の精製方法/水洗式(ウォッシュド)

 しかし、2000年代に入ると、農家のなかには独自に「マイクロミル(小規模な精製施設)」を設置するところも現れるようになりました。マイクロミルでは、「ハニーコーヒー」(パルプドナチュラル)※3という新しい精製方法を採用し、栽培から精製、乾燥までを農家自身の手で管理することで、個性豊かなコーヒーを生産するようになりました。これにより、コスタリカのコーヒーは世界でも高い評価を得られるようになってきています。
※3.ハニーコーヒー(パルプドナチュラル)・・・コーヒーチェリーから種子を取り出す際、果肉の取り除く割合を調節する。残す果肉の割合が多い方から「ブラックハニー」、「レッドハニー」、「イエローハニー」、「ホワイトハニー」と分かれている。この方法では果肉の甘味がコーヒー豆に移るため、蜂蜜のような香りとまろやかな甘みが特徴。
詳しくはこちら⇒コーヒー豆の精製方法/半水洗式


・コスタリカコーヒーのレビューはこちらから
コスタリカ サン アントニオ(自家焙煎 珈琲工房ひぐち)
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2016/05/21(土) | 産地情報 | トラックバック(-) | コメント(0)

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