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コロンビアの産地情報

コロンビアコーヒーの産地情報
コロンビア国旗



・基本データ
国名 :コロンビア共和国(漢字表記:哥倫比亜、古倫比亜など)
面積 :113万9千平方キロメートル(日本の約3倍)
人口 :約4870万人(2016年)
民族 :混血75%、ヨーロッパ系20%、アフリカ系4%、先住民1%
首都 :ボゴタ
言語 :スペイン語
宗教 :カトリック
GDP  :274億ドル(2016年)
主要産業 :農業(コーヒー、バナナ、さとうきび、じゃがいも、米、熱帯果実等)、鉱業(石油、石炭、金、エメラルド等)
通貨 :ペソ
独立した年 :1810年スペインからの独立宣言

 18世紀、現在のコロンビア、パナマ、エクアドル、ベネズエラを含む南アメリカ北部地域はスペインの植民地としてヌエバ・グラナダ副王領と呼ばれていました。副王とは国王の代理として植民地を統治する役職を指します。クリオーリョ(新大陸生まれのスペイン人)と共に独立運動に加わったアントニオ・ナリーニョがこの副王を追放した1810年7月20日が現在のコロンビアの独立記念日となっています。しかし、その後もこの地域では政治的混乱や内戦が続き、スペインの再征服(レコンキスタ)や国家の再編が繰り返され、現在の国土を持つ「コロンビア共和国」が誕生したのは1886年のことです。

 また、1819年8月7日にシモン・ボリバル率いる独立軍がボヤカの戦いでスペインに勝利しヌエバ・グラナダの独立を果たしたことから、現在でもこの日はボヤカ戦勝記念日として祝日となっており、大統領の就任式もこの日に執り行われています。そして、ボリバルはリベルタドール(解放者)として称えられています。

 国名の由来は、アメリカ大陸を発見した15世紀の探検家クリストファー・コロンブスのスペイン語表記であるCristóbal Colón (クリストバル・コロン)にちなみ、「コロンの土地」を意味しています。
 
 人口は南米で2番目に多く、先住民族、スペインを中心としたヨーロッパ系移民、メスティーソ(先住民と白人の混血)、ムラート(白人と黒人の混血)、アフリカ系、アジア系の人々と、多様性に富んでいます。
 
 主な輸出品にはコーヒーのほかにも石油、石炭な、エメラルドなどの地下資源があり、また切り花のも多く輸出し、バラやカーネーションは欧米のほか日本へも輸出されています。かつてはコーヒーの輸出が全体の7割を占めていましたが、現在では石油と石炭が輸出の6割を占めるようになり、主な輸出先としては2014年の統計では1位の米国が25.7%、次いで2位の中国が10.5%となっており、米国経済に依存した構造が窺えます。

 主な主要都市には首都ボゴタのほかメデジン、カリ、カルタヘナなどのがあります。2002年から続くウリべ大統領とその後を引き継いだサントス大統領の政権下ではラテンアメリカの中で最も安定した成長を続け、経済規模では世界30位、南米の中ではブラジル、アルゼンチンに次いで3位(大阪府とほぼ同じ規模)となっています。

 経済成長の陰でコカの栽培や、コカインの密造・密売が横行し、半世紀以上にも及ぶ内戦が続いてきました。2016年に国内最大の左翼ゲリラ組織「コロンビア革命軍(FARC)」と政府との間に停戦合意がなされたものの、国民投票では僅差で反対票が上回ったことで一時は和平へのプロセスは暗礁に乗り上げたかと思われましたが、同年にフアン・マヌエル・サントス大統領がノーベール平和賞を受賞したことが後押しとなり、この年の11月24日には政府とFARCは新たな和平合意書に署名、11月30日には国会の承認も得ることができました。ただ、合意内容の実現には課題が多く、本当に和平が実現するのか楽観視できない状態が続いています。

・国土
 コロンビアは南米大陸の北西部に位置し、国境を北はパナマ、東はベネズエラとブラジル、南はエクアドルとペルーと接しています。海は南米で唯一太平洋とカリブ海の両方に面しています。

 国土は大きく分けて、西のアンデス地域、アンデス山脈の東の低地、そして海岸地域の三つのエリアからなっています。季節には雨季と乾季があり、豊かな自然環境のなか、気候もそれぞれの地域によって大きく異っています。

 国土の西部には南米大陸を縦断するアンデス山脈が隣国ベネズエラから延びています。このアンデス地域には人口の80%が集中しており、首都ボゴタ(2,640m)やメデジン(1,495m)などの主要都市もこの地域に位置しています。アンデス山脈は国内で3つの山脈に分岐しており、これらの山脈が東西の交流を経済、文化の両面で妨げ、各都市が独自の発展を遂げています。また、火山も多く、1985年に噴火したボゴタ西方のネバドデルルイス火山が史上最悪の2万3千人という犠牲者を出した一方で、土壌も火山性で肥沃であることから、経済の中心地としてだけではなく、農業も盛に行われています。

 アンデス地域での気候は標高によって異なり、標高が高くなるにつれて熱帯から亜熱帯、高山、寒冷気候へと変化していきます。首都ボゴタの位置する標高2,000mから3,000mの地域では、平均気温が10℃から16℃となっており、標高の高さから一日の寒暖の差が大きいのが特徴です。また気候の変化にともない環境も雲霧林、パラモ※1、4,500mを超える高さでは万年雪、というように様々な景色を見ることができます。
※1.パラモ・・・木の生えない草原。コロンビア、ベネズエラ、エクアドルの赤道アンデスに固有な環境区分帯で、寒冷で湿潤な高地部を指す。

 アンデス山脈の東部にはベネズエラやブラジルへと続く低地となっており、国土の3分の2を占めています。この東部低地北部のオリノコ川流域にはメタ川をはじめ数々の支流が流れ、国境をまたいでリャノと呼ばれる熱帯サバンナが広がり、雨季には地面が冠水して一面が湖のようになります。またその南には、アマゾン川流域の熱帯雨林が広がっています。

 カリブ海沿岸地域は常夏の気候で、年間平均気温も26℃前後となっており、ビーチリゾートとしても知られています。また、海沿岸都市サンタ・マルタの南東には国内最高峰のクリストバル・コロン山(推定5,700m)があります。そして、太平洋沿岸部も同じく温かいですが、こちらは一年を通じて雨が多く年間平均降水量も3000mm~6000mmとなっています。

・コロンビアコーヒーの歴史
 コロンビアに初めてコーヒーを持ち込まれたのは1730年頃のことです。イエズス会宣教師のホセ・グミジャ神父がコロンビア東部のベネズエラとの国境付近の町のサンタ・テレサ修道院(詳細な位置は不明)に植えたとされています。19世紀に入ると、現在のノルテ・デ・サンタンデール県の県都ククタで商業栽培が始まり、1835年には初めてのコーヒーがベネズエラのマラカイボ港から輸出されています。

 コロンビアにコーヒーが持ち込まれて以降、国内各地の修道院でコーヒーは植えられるものの、当初の農民にはなかなか商品作物として受け入れられませんでした。そこで、なんとかコーヒー栽培を広く普及させたいと考えたフランシスコ・ロメロ神父は、教会に懺悔に来た人々にコーヒーの苗を植えれば「罪」が許されると説いて、コーヒーの栽培をすすめたという逸話も残っています。

 しかし、コーヒーの栽培に適した地域がアンデス山脈の険しい山岳地帯で耕地面積は少なく、収獲されたコーヒーの運搬も困難であったこともあり、コーヒー産業としての発展は、当初はブラジルやコスタリカなどの他の中南米の生産国に比べて遅れを取っていました。

 本格的な栽培は19世紀後半になってからのことで、1870年代にコーヒーの世界的な需要が高まると、アンデス地域のサンタンデール県 、クンディナマルカ県、アンティオキア県などでコーヒー栽培がなされるようになります。やがて道路や鉄道、港などが整備されたことで、マラカイボからの輸出量も拡大し、コーヒー産業はコロンビアの主要産業として成長していきました。生産量は21世紀に入りベトナムに抜かれるまでは世界第2位を誇っています。

・千日戦争 
 1899年にコーヒー豆の国際相場が暴落すると、コーヒーの輸出に依存していたコロンビア経済は混迷し、政府はその税収の不足分を補うため不換紙幣を増刷します。これが結果として激しいインフレーションを招き国家財政も破綻してしまいます。

 そうした状況の中、かねてから対立が続いていた保守党と自由党の軋轢はさらに深まり、地方のコーヒー農家が反乱を起こしたことに伴って、自由党が保守政権に対して武装蜂起し3年にも及ぶ内戦へと発展しました(千日戦争)。内戦は自由党の敗北に終わり、約15万人もの犠牲を出しましたが、この長期の内戦による混乱は、結果としてパナマ運河の建設とその利権獲得を目論んでいたアメリカの介入をゆるすこととなり、1903年のパナマの分離独立、そして海上交易の要所を失うことにつながるのでした。

・FNC(コロンビアコーヒー生産者連合会)
 1927年になるとコーヒー生産者たちが中心となってFNC(コロンビアコーヒー生産者連合会)が設立されました。FNCはコーヒー生産者の保護と品質向上を目指した、全国56万の農家が加盟(1997年時)する巨大な組織です。

 主な役割として、コーヒーの研究開発や栽培の技術指導、品質管理、この他にも生産者支援する様々なサービスを行っており、政府出資による「コーヒー基金」によって生産者の収入を安定化のためにコーヒー豆を保証価格で買い上げたり、コーヒーを輸送するための道路整備、公衆衛生、学校といった社会インフラの整備も行っています。

詳しくはこちらから⇒FNC コロンビアコーヒー生産者連合会

 しかし、1989年に国際コーヒー協定(ICA)の「経済条項(輸出割当制度)」が停止されたことと、90年代のベトナムの台頭によるコーヒーの供給過剰によってコーヒーの国際取引価格が暴落(コーヒー危機)します。このときコロンビアでは、さらに内戦による混乱で自国通貨ペソも下落しており、コーヒーの輸出額は大きく減少しました。これまで生産農家の収入を下支えしていたコーヒー基金の維持が困難になったとで、コーヒーの価格保証制度は2001年1月に廃止されています。

・FNCの販売戦略(フアン・バルデス)

 FNCは1959年にコロンビアコーヒーの知名度向上と販売促進のために「フアン・バルデス」という架空の人物を登場させます。フアン・バルデスはソンブレロと呼ばれる帽子をかぶり、コロンビア国旗の色をあしらったストライプの肩掛けをかけたいでたちちで、相棒であるラバの「コンチータ」を連れています。このコーヒー農家を代表するイメージキャラクターは、これまでに3人の俳優が演じ、国内外にコロンビアコーヒーの知名度を上げるために大きく貢献しました。

 特に米国市場では「100% コロンビアコーヒー」というキャッチフレーズとともに、フアンと彼のコンチータをモチーフにしたロゴマークをプリントしたコーヒーや関連グッズによって、他の商品との差別化がなされ、消費者に高品質なコーヒーを印象付け、ブランドを構築に成功しました。そして、2002年からは「Juan Valdez Café」をフランチャイズ方式で全国展開し国内主要都市のほか中南米やスペインで営業しています。

・コロンビアのコーヒー栽培について
 コロンビアでのコーヒー栽培は、アンデス山脈に沿って北部、中部、南部の3つの地域で行われており、標高も900m~2,000mと様々です。また、山の斜面であるため日当たりがよく、昼夜の気温差の大きさや、年間2,000ミリの降水量、さらに火山灰や軽石が堆積した水はけのよい土壌といったコーヒー栽培には適した条件がそろっています。特に有名な産地には北部のサンタンデール県、中部アンティオキア県、南部のナリーニョ県などがあります。生産量はブラジル、ベトナムに次いで世界第3位となっています。

 栽培地域が南北に長く標高差が大きいコロンビアでは、地域によって雨季と乾期の時期が異なるため、一年を通してコーヒーの収穫が可能です。なかでも収穫量が多い時期は10~1月のメインクロップと4~6月のミタカクロップ(サブクロップ)です。

 しかし、農園は急斜面にあるため、そのほとんどが3ヘクタール以下の小さな農地で栽培をしています。コロンビアではコーヒー生産者のことを「カフェテロ」と呼びますが、そのカフェテロたちが、足場の悪い斜面でコーヒーを丁寧に手摘で収穫しています。果実からコーヒー豆を取りだす精製方法は「水洗式※1」で、精製した生豆は、広いスペースがないため農家の屋根を利用して天日で乾燥させます。そして、コーヒー豆の運搬には険しいい山岳地帯ではトラックがを使うことがでないため、ロバを使って運びます。
※1.水洗式・・・収穫した果実の外皮と果肉を除き、種の周りに付着した粘液質を発酵後に水で洗い流したのち乾燥させて生豆を取りだす方法。詳しい解説はこちら⇒コーヒー豆の精製方法/水洗式(ウォッシュド)

 アンデス山脈に沿った4つの県と47の地区※2では、このようなアンデスの厳しい環境に適応し、100年以上にわたって持続可能な生産環境が維持されているこが評価され、斜面の上に建てられたスペインの影響を受けたアンティオキア植民地風の建築物※3とともに、「生産性と文化的景観を兼ね備えた地域」として、2011年6月にユネスコの世界遺産に登録されています。
※2.4つの県と47の地区・・・中心となっているのはカルダス、リサラルダ、キンディオ、バジェ・デル・カウカ。
※3.アンティオキア植民地風の建築物・・・スペインの影響を受けた様式で、建物の壁には粘土とトウモロコシの穂軸とプリーツ状にした茎が使われ、屋根には粘土瓦を用いた建築物。


 コロンビアのコーヒーの格付けは、スクリーンサイズ(豆の大きさ)によって行われ、スクリーン17以上の大粒なものをスプレモ(スペイン語で最高級の意)、14~16をエクセルソと格付けています。上品な酸味と甘味が強いのが特徴で、その香味は「コロンビア・マイルド」とも呼ばれ、ブレンドにも広く用いられています。 

 現在のコロンビアコーヒーは生産と輸出量は下落傾向にあります。コロンビアコーヒーは手摘みによる収穫や伝統的な栽培方法が高品質のコーヒーに繋がっている半面、インフレによる人件費高騰によって、小規模農家ではコストに見合った利益を確保できていません。収入が減った農家の中にはコーヒーの栽培を止め、コカの栽培に手を染める農家も現れています。

・コロンビアのコーヒーレビューはこちらから
コロンビア/クラシック ウィラ
コロンビア/トゥリウンフォ
コロンビア サントゥアリオ(自家焙煎 珈琲工房ひぐち)




コロンビアを知るための60章



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2017/04/22(土) | 産地情報 | トラックバック(-) | コメント(0)

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