ケンコーコム

メキシコの産地情報

メキシココーヒーの産地情報
メキシコ国旗



・基本データ
国名 :メキシコ(漢字表記:墨西哥)
面積 :196万平方キロメートル(日本の約5倍)
人口 :約1億2,701万人
民族 :欧州系(スペイン系等)と先住民の混血(60%),先住民(30%),欧州系(スペイン系等)(9%),その他(1%)
首都:メキシコシティ
言語 :スペイン語
宗教 :カトリック(国民の約9割)
GDP :1兆2,609億ドル(2013年)
主要産業 :工業(自動車産業)、観光業
通貨 :ペソ
独立した年 :1821年にスペインより独立

 マヤ・アステカ文明が繁栄した地域で、16世紀にはスペインの植民地となり、1821年に独立しました。メキシコという国名は、「神に選ばれし者」を意味する「メシトリ」(アステカの守護神であるウィツィロポチトリの別名)に、場所を表す接尾語「コ」をつけたものに由来しています。また、スペイン語ではメヒコと発音し、正式な国名は「メキシコ合衆国(United Mexican States)」となりますが、「アメリカの属国」というネガティブイメージに不満をもつ人々もおり、国名を単に「メキシコ」に変更しようとする運動もあります。

 スペインによる植民地統治を受けていたこともあり、公用語はスペイン語で、人口は1億人を超え日本に次いで世界第11位となっています。米国の隣という地域性から、近年、米国向けの製造・輸出拠点として、海外の自動車、電気・電子機器メーカーが進出、工業国として発展を遂げています。また、石油や銀、銅、鉛などの地下資源も豊富で、農業分野ではとうもろこし、さとうきび、コーヒーなどが生産され、アボカドやライムは日本にも多く輸出されています。

・国土
 メキシコは北米大陸の南部に位置しており、北はアメリカ、南はグアテマラ、ベリーズと国境を接し、西は太平洋、東はメキシコ湾とカリブ海に面しています。

 国土は日本のおよそ5倍という広大な面積をもち、その70%が山と砂漠で、中央部は標高1,500m以上の高原地帯となっており、首都であるメキシコシティも2,240mの高地(富士山6合目と同等)にあります。その中央高原を挟むように西シエラマドレ山脈と東シエラマドレ山脈が南北に走っています。南部には南シエラマドレ山脈がそびえ、北緯19度線に沿って火山帯が走り、メキシコ最高峰のオリサバ火山5,636mをはじめ、ポポカテペトル火山5,426m 、イスタクシワトル火山5,230m などの5,000メートル級の火山が連なっています。

 また、南部は熱帯雨林で、かつてはマヤやアステカなどの古代文明が栄えた場所でもあり、遺跡の中には世界遺産に登録されているものも数多くあります。現在では沿岸部にカンクンやアカプルコなど世界的にも知られたリゾート地が多く存在します。

・気候
 メキシコの気候は一部の南部地域を除いては全体的に乾燥した気候となっています。地域別にみると、北部はカリフォルニア半島と中央高原が砂漠気候、北回帰線より北のほとんどの地域ではステップ気候となっており夏と冬の気温差は激しく、北部の高原地帯はサボテンやリュウゼツランなどしか生育しない不毛の大地が広がっています。また、北回帰線よりも南の地域ではサバナ気候に分類されています。

 一方、ユカタン半島南部のテワンテペク地峡北部でのみ熱帯雨林気候がみられ、年間を通じて高温多湿となっています。そして、沿岸部では年間を通して気温が高く暖かいため、有名なビーチリゾートがたくさんあります。

 また、標高によっても異なり、標高500m以下の平地では熱帯気候(平均気温は25~27℃)ですが、標高500~2,000mのところでは平均気温は21~24℃の常春の気候となっており、人口の大半もこのエリアに集中しています。

 季節は乾季(11月~4月)と雨季(5月~10月)とがあり、メキシコ全体の平均降水量は年間1,500mmですが、北部ではほとんど降らない地域がある半面、南部では年間5,000mmもの雨が降る地域もあるなど、地域差が大きいのが特徴です。

 首都メキシコシティは標高2,240mにあり、高山気候で夏の平均気温が16.5℃(7月)、冬でも13.7℃(1月)、と年間を通じで温暖で過ごしやすくなっています。また、年間の平均降水量は1,266mmと日本に比べてとても雨の少ないです。

・メキシココーヒーの歴史
 メキシコにコーヒーの苗木が持ち込まれたのはスペインによる植民地支配下にあった18世紀の終わりごろのことです。スペイン人が入植する際に同じくスペインの植民地であったキューバやドミニカ共和国から持ち込んだものが起源とされており、その後、1790年代に最初のコーヒー農園がベラクルス州南部に開園したといわれています。ただ、メキシコは銀や金などの鉱物資源が豊富にあったため、本格的な商業栽培が始まるのはスペインンからの独立(1821年)を果たしてからのことになります。

 1860年代にグアテマラとの国境紛争が起きるとこれを契機にメキシコで本格的なコーヒー栽培が始まります。紛争が解決したのち、土地の登記制度が制定され、チアパス、ソコヌスコ地方では、もともと住んでいた先住民の土地を奪う形で、裕福なドイツ移民が広大な土地を購入し、プランテーションを建設したり、栽培に必要なインフラの整備が進んでいきました。

 この時に先住民は山岳地へと強制的に追いやられ、プランテーションでの厳しい労働に従事させられていましたが、1910年にメキシコ革命がはじまると、農地改革によって農奴解放と土地の再配分が行われ、コーヒープランテーションは解体され、これまでコーヒー栽培に従事させられていた労働者は故郷へと戻っていきます。彼らがこれまでの労働で培ったコーヒー栽培の技術を各地へもたらしたことで、現在まで続く小規模な農家によるコーヒー栽培が行われるようになりました。

 1973年にはメキシコ政府がメキシコ・コーヒー協会(INMECAFE)を設立し、生産者に栽培技術の指導や資金援助を行ったとで、コーヒー産業への投資は拡大し、生産量は飛躍的に伸び、メキシコにとっても最大の輸出農産物までになりましたが、1980年代に入ると海外債務の拡大や原油価格の下落によってメキシコ政府は債務不履に陥り、1989年には遂にINMECAFEは倒産し、コーヒー生産者に対する支援が打ち切られることとなりました。加えて、同年にはICA(国際コーヒー協定)の輸出割当制度が停止したことで、過剰生産による世界的なコーヒー価格の下落(コーヒー危機)を招き、コーヒーの品質を大きく下げる原因となっただけではなく、メキシコ経済にとっても深刻な影響を与えました。

 INMECAFEがコーヒーの買上事業から撤退したことで、多くの小規模な生産農家はコーヒーの販売ルートを失いました。これに目をつけ生産したコーヒーを適正価格よりも安く買いたたく「コヨーテ」と呼ばれる仲買人が影響力を増し、収入が減った生産農家の中には出稼ぎに行ったり、農園の管理をおろそかにし、なかにはコーヒーの栽培をやめてしまう農家もありました。

 これによって農地は荒れ、メキシコのコーヒー産業は衰退しかけますが、1990年代に入るとこのような悪い循環を断ち切るために生産者は互いに協力し、カトリック教会などの支援を受けてオアハカ州でCEPCOやUCIRIといった協同組合を結成するようになります。これらの組合ではINMECAFEがに担っていたコーヒーの買い取りや生産者の支援を引き継いだだけではなく、コーヒーに新たな付加価値を加えるため、有機栽培にも力を入れていくようになりました。生産されたコーヒーの多くは米国に輸出され、そして、現在のメキシコでは世界でも最もオーガニック認証やフェアトレード認証コーヒーの生産が盛んな国の一つとなっています。

・現在のコーヒー栽培
 現在のメキシココーヒーの生産は主にグアテマラ国境のある南部地域で行われており、低地では高温多湿であるものの、東シエラマドレ山脈と西シエラマドレ山脈の間に位置する高原地帯では、温暖でコーヒーの栽培には適しています。

 主な生産地は、チアパス州、プエブラ州、オアハカ州、ベラクルス州などがあり、なかでもベラクルス州コアテペック地区で生産されるコーヒーは良質のコーヒーとして有名です。

 生産量は比較的多く、ラテン・アメリカではブラジル、コロンビアに次いで第三位の生産量があります。有機コーヒーの栽培に力を入れており、生産されるコーヒーの大半はアメリカ合衆国に輸出されていますが、近年では日本にも良質なコーヒーが手に入るようになってきています。

・メキシココーヒーのレビューはこちらから
メキシコ/ザイバ農園


物語 メキシコの歴史 太陽の国の英傑たち【電子書籍】[ 大垣貴志郎 ]


最後までご覧いただきありがとうございました。
ランキングに参加しています。クリックしていただけると励みになります!!
   ↓↓
にほんブログ村 グルメブログ コーヒーへ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト

2016/12/30(金) | メキシコ | トラックバック(-) | コメント(0)

«  |  HOME  |  »

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する
 |  HOME  |